若葉に風香る今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。この新緑したたる6月に、教会では、キリスト教や聖書になじみのない方に向けて、歓迎礼拝を開きます。今回は、特に聖書から「ディア・ベスト・フレンド」というテーマでわかりやすくお伝えしたいと思います。普段教会に通っていない方も、聖書が何を語っているのか、聞いてみませんか。ぜひ、お気軽におこしください。
日時 6月25日(日)午前10:30〜11:45頃
会場 岸和田東聖書教会
※入場無料
「人がその友のためにいのちを捨てるという、 これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(聖書・ヨハネの福音書15章13節)
あなたは、友をお持ちでしょうか。その友は、あなたのために命さえも投げ打って、駆けつけてくれる人でしょうか。太宰治氏の小説「走れメロス」は、麗しき友情物語が描かれている作品として有名です。
こんなお話です。暴君ディオニス王の圧政に怒りを覚え、王の暗殺を試みるが、捕らえられ、死刑宣告されたメロス。妹の結婚式のために、3日後の日没まで猶予を願い、その代わりに、友のセリヌンティウスが人質となった。3日目にメロスは王宮に戻ろうとするが、行く手を阻むあらゆる不運にあい、夕刻まで到着するのが困難な状況に追い込まれた。しかし、体力の限りに、メロスは走り続け、約束どおり到着し、セリヌンティウスを救い出すことができた。
昨今、インターネットが拡大する中で、このような麗しい友情物語を築くことの難しさが浮き彫りになっています。世界中の人々との距離を縮めようと試みて、ソーシャル・ネットワークサービスが充実してきました。しかし、どういうわけだか、これらのツールによる、陰湿な誹謗中傷、ことによっては犯罪が跡を絶えません。イエスが言われた通り、ますます人々の愛が冷えていき、自己利益しか考えることのできない時代となってきたりしているのです。
本当の友というのは、彼の友のために命を捨てる者のことだと、神のことばである聖書は語ります。その友というのは、イエス・キリストです。イエスは私たちの罪のために十字架に架けられました。私たちに罪があるというのは、いわゆる犯罪を犯したという意味ではありません。私たちに罪があるというのは、私たちを造られ、私たちを日々守られている創造主なる神さまから心離れていることを言います。まことの神さまから離れているから、私たちは様々な悲惨にあうのです。
私たちは罪あるままでは、この神の御怒りを受け、天国にいくことはできません。神さまを無視し続けた罪は償われなければなりません。しかし、イエス・キリストは私たちの罪のために、罪の償いのために、十字架に架けられました。そして、私たちのために死んでくださっただけではなく、よみがえってくださいました。こうして、イエス・キリストを信じる者が、ひとりとして神の御前に滅びることがないようにしてくださり、天国への道筋がイエスによって切り開かれました。
このように私たちのために犠牲を払ってくださるお方が、本当の友です。イエス・キリストは私たちのために友となってくださり、最上の友となってくださいます。ぜひ、このイエス・キリストと出会いを実現するためにも、教会に足をお運びください。誰よりも、イエス・キリストがあなたを待っておられます。
池田憲生(岸和田東聖書教会 牧師)